トロピノン還元酵素(TR)は、主にナス科の薬用植物に見いだされるトロパンアルカロイドの生合成反応を触媒するNADPH依存型酸化還元酵素である。TRには反応立体特異性の異なる2つの酵素(TR-IとTR-II)が存在し、アルカロイド中間体であるトロピノンの3位のカルボニル基を互いに反対の立体配置をもつ水酸基へと還元する。両酵素とも分子量約30kDaのサブユニットがホモ2量体を形成しているが、そのアミノ酸配列は64%が同一である。両酵素の立体特異的反応機構を解明するために、これらの結晶構造を2.4または2.3Åの分解能で決定し詳細に比較した。両TRサブユニットの全体構造はほぼ同一であり、ロスマンフォールドからなるコアドメインとそこから突き出た小ドメインからなっていた。小ドメインの電子密度は両TRともに低く、溶液中では比較的自由なコンフォーメーションをとると考えられた。予想される基質結合部位にトロピノンをモデリングしたところ、TR-IIではトロピノンの窒素原子が結合すると予測される部位にグルタミン酸残基が存在し、この両者の間の静電気的結合がトロピノンの配向を決定していると推定された。一方TR-Iにおいてトロピノンの窒素原子が結合すると予測される部位には電荷をもったアミノ酸残基は存在しなかったが、これとは反対側にヒスチジン残基が存在しており、これがトロピノンの窒素原子を反発することによってTR-IIとは逆の反応立体特異性を獲得しているものと推定された。すなわち両酵素の分子進化においては、共通のbackbone構造をもつ基質結合部位の電荷の分布がアミノ酸の変異によって変化し、これにより互いに逆の反応立体特異性が獲得されたことが判明した。
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