本研究は申請者らが従来からすすめてきたハード酸ソフト塩基(HASB)試薬によるエーテル結合の選択的開裂反応を用い、リグニン化学構造の不均一性についての新たな知見を得るとともに、パルプ化反応における一部リグニンの示す難脱リグニン性の本質に迫ろうとするものである。HASB試薬としてトリメチルヨードシランを使用し、過ヨウ素酸リグニン中のβ-エーテル結合を部分的に開裂させたところ、極く少量ながらフェニルクマラン構造に富む低分子量リグニン区分が生成することを確認した。一方、同様の処理を予めメチル化した過ヨウ素酸リグニンに行った場合には、生成する低分子量区分が著しく増加するとともに、それがエンドワイズリグニンの特徴を有していることが明らかになった。このことはリグニン化学構造の不均一性を明瞭に示している。一方、同様の処理を磨砕リグニンに対し適用したところ、処理によって構造的に特徴あるリグニン区分を得ることは出来なかった。このことは磨砕リグニンが細胞壁中の特異な部分に由来しているとの、申請者らの従来の結果を支持するものであるといえよう。今一つのHASB試薬であるヨードピバレードを用い、リグニン側鎖α-位でのエーテル結合を選択的に開裂する条件で、クラフトパルプの処理を行ったところ、パルプ中の残存リグニンのアルカリによる抽出除去が一層容易になることが明らかとなった。また、この際ほぼ純粋なキシランがアルカリ中に溶出することを考えると、クラフトパルプ中の残存リグニンの脱リグニン抵抗性の少なくとも一部が、リグニン側鎖α-位とパルプ中のキシランとの間のエーテル結合に起因しているといえよう。
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