平成8年度は、申請者が小林と協力して新たに開発したキトサン金属塩系木材防腐剤(商品名キトエ-ス:CCS)で処理したスギ試験片中、および無処理スギ試験片中におけるオオウズラタケ(TYP)菌糸の挙動をSEMで詳しく調べた。TYP菌糸による腐朽の形態的変化は、まず放射柔細胞壁またはこれに接する仮道管壁に現れたが、仮道管自体の形態変化は少なかった。これは、試験片内における菌糸の存在場所と関係する。すなわち、TYP菌糸は主に放射柔細胞中と軸方向柔細胞中で見受けられたが、仮道管内腔中では、放射組織に接するところを除いて、ほとんど見られなかった。放射組織から仮道管内腔中に菌糸が侵入しているのはしばしば観察された。しかし不思議なことに、木口面を被覆している菌糸層から木口面に開口している仮道管内腔中に菌糸が直接侵入していることは少なかった。菌糸の存在する近くでは、分野壁孔の壁孔膜が消失したり、壁孔縁が消失することによって、孔口の拡大が認められた。さらに放射組織に接する仮道管では有縁壁孔の壁孔縁が劣化を受けてS2フィブリル方向に沿って割裂したり、有縁壁孔の付近にボアホールが開いていたりしていた。さらに仮道管壁の劣化が進行すると、壁自体がS2フィブリル方向に沿って割裂した。このようにTYP菌糸は、小試験片中では放射組織中とか軸方向柔細胞中に選択的に存在していた。次に、CCS処理試験片中では、平成7年度に報告したように、CCSの薬剤成分は放射組織や軸方向柔細胞中に選択的に分布していたことから、これらの細胞中には菌糸が全く存在していなかった。このため、これらの細胞やその周辺の細胞壁ではTYP菌糸による劣化による形態変化が全く認められなかった。このように、CCS処理は薬剤成分が菌糸の侵入経路となるところに選択的に浸透することによって、少ない薬剤量で効果的に防腐効力を発現していることが分かった。
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