研究概要 |
広島湾ではカキ(牡蠣)養殖が盛んであり、年間むき身生産量約2万トンは我が国の総生産量のほぼ6割に達する。この隆盛なカキ養殖は広島湾の環境と物質循環に様々な影響を及ぼしているはずであるが、この問題に関する包括的・定量的研究は進んでいなかった。本研究はカキ養殖が広島湾の窒素(N),リン(P)および炭素(C)の循環に果たす役割を、現場観測結果とカキの持つ様々な機能をシミュレートするモデルを駆使して明らかにしたものである。 カキ養殖現場における観測結果からは単独のカキ養殖筏が持つ海水中懸濁物の摂取、排出状況が明らかにされ、特にカキが粒状物の沈降に果たす影響の大きさが定量化された。次に養殖カキによる海水中粒状物質の摂取と排泄がカキの生理学的モデルを用いて推定され、このモデルにより推定されたカキの成長と代謝、特に懸濁物質の濾過による沈降粒子の生成速度は良く現場の状況を再現した。 任意の時点における広島湾のカキの代謝量を知るためには、その時点におけるカキのバイオマスと環境条件が必要である。そのためカキの水揚げ量から、成長速度と死亡率を用いて、遡及的に任意の時点のカキ生物量を推定するモデルを開発した。有効性の検証ののち、このバイオマス・モデルにより、養殖カキのバイオマスの季節変化が湾内4海域別に明らかにされた。推定されたバイオマスに生理学的モデルを適用して、広島湾のカキが物質循環に及ぼす作用を定量化し、カキの濾過作用により年間に除去されるC.N.Pは、底面1m^2の水柱当たりそれぞれ9360、1560、210gと見積もられた。さらにカキにより濾過された粒状物の約42%が排泄されて沈降物となり、濾過されたC.N.Pのそれぞれ約7,19,20%がカキとして水揚げされると見積もられた。 北部広島湾におけるカキ養殖の役割の総合的評価においては、植物プランクトン→カキ生産により陸域から湾内に流入したN、Pを再び効率よく陸域に還流させていることが明らかにされた。従来、このような定量的かつ包括的な見積もりは行われていなかったので、本研究はカキ養殖による広島湾の環境保全と持続的生産の分野に新たな基礎的知見をもたらしたといえる。
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