本研究の目的は、動脈硬化発症進展に深く関与している血管平滑筋細胞のフェノタイプに影響を与える種々の要因を明らかにし、その多様性と可逆性について検討を加えることであった。そもそもの研究の発端は、動脈硬化巣内膜由来の培養平滑筋細胞が、中膜由来の細胞に比し、多くの点でそのフェノタイプが異なることの発見に始まる。例えば、内膜平滑筋細胞は細胞増殖活性ならびに遊走活性が亢進しており、また本来は取り込まない変性リボ蛋白を取込み容易に泡沫化すること、等である。今回の研究ではさらに以下の事柄を明らかにすることが出来た。まず、血管内皮細胞において、その細胞外環境を構成する細胞外マトリックスのうち、4型コラーゲンが内皮細胞の細胞表面に発現するVCAM-1の発現を抑制することを発見した。この事実は、動脈壁において平滑筋細胞が分泌するマトリックス成分の組成を介して、内皮細胞のフェノタイプが変化する可能性を示唆しており、動脈硬化発症過程におけるその生物学的意義が考えられる。その次には、バルーンカテーテルを用いて人為的に作成したウサギ動脈硬化モデルにおいて、TGF-βを投与すると内膜肥厚がより促進することを見いだした。この事実から、動脈硬化病変においては、種々の細胞から分泌されるTGF-βは動脈硬化促進的に働いていることが明らかとなった。TGF-βは平滑筋細胞の細胞外マトリックス産生を促進することが知られており、その動脈硬化促進作用はおそらくこのようなマトリックスの過剰産生を介した作用であると考えられる。さらに、我々はPDGF刺激による平滑筋細胞の遊走過程において、その細胞内シグナルを媒介する分子として、ホスファチジルイノシトール3キナーゼの下流のカスケードにFAKが重要な働きをしていることを見いだした。この知見は平滑筋のみならず広く細胞一般の遊走現象の分子機構を明らかにする大きな発見であると思われる。
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