虚血は多細胞生物の細胞にとって生存をおびやかすストレスであり、特に神経細胞が虚血に対して脆弱であることがよく知られている。ごく短時間の脳虚血によって、神経細胞にもストレス応答が認められること、ストレス蛋白を発現した神経細胞は一過性に次の虚血に耐久性となること(虚血耐性)が明らかとなっている。ユビキチンもストレスに反応して増加するストレス蛋白の一種であり、虚血によって生み出される変性蛋白の処理に必須のものである。しかし、海馬CAl錘体細胞が遅発性神経細胞死に陥る過程では、まだ神経細胞が生存している条件下でフリーのユビキチンが減少する。これは数種類の抗ユビキチン抗体を用いた免疫染色、免疫沈降、免疫吸収試験において本実験が示した通りである。更にELISAによる定量でも、フリーのユビキチンが減少し、結合型のユビキチンがむしろ増加することも明らかとなってきた。砂ネズミのユビキチン遺伝子のcDNAによる観察では、遺伝子の発現レベルは虚血の後増加していることも明らかとなってきた。これは、hsp70などの他のストレス蛋白と全く同様の変化であり、虚血の後に強い蛋白合成の抑制がかかっていることを示している。この蛋白合成の抑制がどのような機構によって起こるのかは現時点では確定していない。海馬CAl錘体細胞の遅発性神経細胞死は古典的な壊死の像と異なっているため、アポトーシス類似の細胞死ではないかと疑われている。確かに虚血後1時間以内であれば、遅発性神経細胞死は治療可能である。これは虚血による不可逆的細胞死の経過とは異なっており、更に有効な治療法の原理の開発の可能性がある。今後さらに虚血後の遺伝子発現の変化にユビキチンの激減がどのような役割を果たすのかを検討する予定である。
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