研究代表者による平成7年度以前の研究からアミロイド前駆体タンパク質(APP)の細胞質ドメインは細胞内でリン酸化(Thr668:APP695アイソフォーム)されていることが明らかになっていた。本研究課題では、このリン酸化が神経細胞においてどのようにAPPの代謝に関与しているのかを解析した。神経細胞におけるAPPのリン酸化を検出する目的で、リン酸化APPを特異的に認識する抗リン酸化APP抗体を調製した。この抗体を用いて、ラット各組織のリン酸化レベルを定量したところ、APPは各組織で発現しているがAPPのリン酸化は神経組織特異的な現象であることが明らかになった。ラット神経組織の免疫組織学および生化学的実験から、APPは神経細胞の細胞質および神経突起に一様に分布するが、リン酸化APPは神経細胞膜上、デンドライトおよび軸策の神経末端に局在した。軸策輸送に関与するキネシンの発現を一時的に抑制した神経細胞ではリン酸化APPは消失し、抑制を解除すると再びリン酸化APPが出現したことから、APPは細胞体で生合成された後軸策輸送により神経末端に運ばれ、そこでリン酸化された後トランスサイトーシスにより神経細胞膜上およびデンドライトに輸送される事が明らかになった。一連の研究によりリン酸化はAPPのトランスサイトーシスを制御している可能性が示唆された。この結果は、アルツハイマー症の原因物質の一つとされているβ-アミロイドがAPPの細胞内輸送系の異常によって生成されると言う仮説を実証する上で、重要な示唆を与えると考えられる。一方、リン酸化サイトに変異を加えたAPPは極性を持たない非神経細胞では、APPの代謝・β-アミロイドの生成に影響を与えなかった。従って、リン酸化の機能を解明するためには極性を示す神経細胞を用いてβ-アミロイドの生成等も検討する必要性があることを示した。
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