1. 釧路湿原でのメタンガス発生量の季節変動 釧路湿原の赤沼周辺で、ほぼ2カ年にわたり湿原からのメタンガス発生量を観測した。方法はチャンバー法を用いた。湿原の構成植生の異なる2カ所でほぼ2ヶ月おきにメタンガスフラックスを測定し、併せて湿原内温度、酸化還元電位(Eh)、電気伝導度(Ec)、イオン濃度等の水質変動も観測した。 観測の結果、フラックスの最大値は7月末に発生し、約800mg/m^2・dayであった。従来言われたような、冬季の土壌凍結時にも150mg/m^2・dayのメタンガス発生を記録した。従って年間の総発生量を見積もるには、土壌凍結期をゼロとすると、推定値を過小に見積もる可能性がある。 2. 水質の変動 深さ80cmまでのPhの変動は、各シ-ズンともきわめて小さい。一方Ehについては257mVから490mVまでの変動を示した。深さ別では表層ほど高く、10cm、20cmではもっとも低くなっている。従ってメタンガス生成菌の活性度はEh値の低い10-20cmで最大となっている。溶存有機物は、4月には最小となり、夏に最大となっており、水温上昇によるメタン生成菌の活性変動に調和している。 3 植生の影響 2カ所の植生は次のように構成されている。地点No. 1クロバナロウゲ、カイツバタなどの広葉草本が60%を占める。次いでヤチスゲ、イワノガリヤスのイネ・スゲ科が40%を占める。地点No. 2では、ミズゴケ類の被覆が85%を超えていた。この植生の相違はメタンガス発生量に反映している。イネ・スゲ科の被覆地点は、ミズゴケ類被覆地点よりも80%メタンガスの発生量が多い。これは水中で発生したメタンガスが、草本の通気組織を通じて大気へ放出されるからである。こうした通気組織を持たないミズゴケ類被覆では、表層部の酸化菌による作用で、メタンガスは酸化され2酸化炭素に変化するためと考えられる。 4 冬季の湖氷内の気泡中のメタンガス濃度 赤沼は水深が約2mあるが、冬季には40-60cmの凍結が生ずる。この湖氷には、楕円型の気泡が何層にも重なった構造をもって閉じこめられている。これは、冬季に湖底でのメタンガス生成が進行している一方で、表面から水の凍結が開始し、発生メタンガス気泡は凍結過程で氷に閉じ込められるためと考えられる。2月にこれらの氷の気泡を採取し、その中のメタンガス濃度を測定した。多くの場合4-6%と極めて高濃度のメタンガスが検出された。発生時の気泡のガス濃度はせいぜい1%未満であることから、湖氷への集積過程で、何らかの濃縮化が働いたものと考えられた。 5 シベリアツンドラとの対比 釧路湿原では、年間を通じて下層部まで凍結することはない。一方シベリアツンドラでは年間を通じて融解することはない。しかしいずれも表層での凍結-融解が繰り返される過程では、共通性がらい、湿原からのメタンガス発生量に関わる環境要素には共通する部分が多い。
|