研究概要 |
ATP合成酵素の回転説とは,H^+がFo部分を通過するときのエネルギーが、γサブユニットなど分子中央のサブユニットの回転を引きおこし,次にその回転がATP合成を誘導する,というものである。この説によると,エネルギーのかたちは H^+の輸送(濃度差のエネルギー)⇒回転⇒ATP合成(化学エネルギー) と2回変換される。回転説が真実であれば,ATP合成酵素は全く新しい作用機作を持つ酵素となる。しかし、いままで誰も決定的な証明ができなかった。 今回,われわれはF_1-ATPaseのγサブユニットの回転運動をリアルタイムに直接観察することに成功した。好熱菌由来のF_1-ATPaseをガラス基盤上に固定し,γサブユニットの回転は,それに結合させたアクチン繊維の回転運動として蛍光顕微鏡で観察できる実験系を作った。すると、アクチン繊維がATPが存在するときのみ、元気良く回転するのが観察できた。そして、γサブユニットの回転方向はFo側から見たとき,反時計回りであることが明らかとなった。さらに、回転しているアクチン繊維の長さ,そしてその回転スピドから回転トルクを概算すると,〜40pNnmの値の得られる分子もあった。ミトコンドリアのF_1-ATPaseの結晶構造中で,βサブユニットとγサブユニットの接触部位は,γサブユニットの中心軸から約10Å離れている。このトルクがその部位で生じていると仮定すると,算出されたトルクの値は,この酵素がATPの加水分解にともなって〜40pNの力を生じていることわ意味する。 今回の結果により,F_1-ATPaseのγサブユニットの物理的回転が直接証明された。今後は,ATP濃度や温度などの影響,トルクの正確な測定,トルクの発生領域の同定,回転運動とATPの加水分解との共役問題,他のサブユニットの関与,さらにATP合成時のH^+による回転などが焦点となってくるであろう。
|