ミオシン頭がアクチンフィラメントの上を滑る分子機構として、ラチェットモデルなるものが最近提唱されている。このモデルではアクチンフィラメント軸に沿って異方的な表面分子場があり、その上をミオシン頭が熱揺動によって動くとされている。本研究では、筋フィラメントにこの異方的な分子場があるかどうかを分子計測により検証した。実験対象として、骨格筋の収縮単位であるミオフィブリルを選んだ。その理由は、上記の異方的な表面分子場があるならば、ミオフィブリル中の筋節のZ-線を挟んで非対称的な分子場として実験的に検出できると期待されるからである。表面分子場はミクロビーズをミオフィブリル表面と相互作用させて調べた。まず、骨格筋からミオフィブリル試料を調製し、その収縮性を検討した。一方、ミクロビーズを捕捉操作するためのレーザー光ピンセット装置を試作した。つぎに、調整したミオフィブリルをガラス表面に固定し、光ピンセットで捕捉したミクロビーズをその表面に沿って滑らせてみた。所が、ミクロビーズが一旦ミオフィブリル表面に接触すると、いわゆるjump-inという現象のために両者が引き離せないほど強く結合してしまった。そこで、このjump-inと無関係に分子間力を計測できる原子力間顕微鏡を導入することとした。そうして、原子間力顕微鏡のカンチレバ-先端をミオフィブリル表面に沿って走査して、そのたわみ信号から表面分子場を計測した。その結果、Z線を挟んでその両側で対照的かつ異方的なたわみ信号がえられた。Z線を挟んでアクチンおよびミオシンフィラメントの極性が逆転していることを考えると、この結果は、筋フィラメントの表面分子場に異方性がある可能性を示している。今後は、この結果を詳細に検証するとともに、さらに検出感度を上げてこの分子場の内部構造を調べる予定である。
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