本課題の目標は「薄層培養した海馬切片」標本をシナプス可塑性研究の新しい解析系として確立することである。 昨年度の研究で若齢ラットの海馬切片の安定な回転培養(薄層培養)法を確立した。そこで本年度はまず、この標本で新鮮海馬切片標本で見られるのと同様な可塑性現象が惹起可能かについて解析した。培養切片のCA3細胞体層に刺激用、CA1細胞体層に記録用電極をおいて100Hz・1秒の頻回刺激を行うと、集合活動電位の振幅2倍以上、持続1時間以上の伝達効率増大が約70%の標本で観測された。この増大は、EPSPslopeの鋭角化や活動電位潜時の短縮を伴い、新鮮切片の長期増強現象と相同な現象といえる。ただし、次のような特有の現象もみられた。(1)記録電極が細胞体層にあるにもかかわらず陰性のシナプス電位がみられる、(2)一回の刺激に対し、複数回のシナプス活動がみられる。今後、これらの回避あるいは積極的利用を考える必要がある。 ついで、シナプス新生などの緩徐な形態変化を解析するため、生細胞染色をクラゲ緑色蛍光蛋白(GFP)のcDNAを導入することで行う技術の確立をめざした。神経細胞に外来遺伝子を導入することは従来法では困難なため、向神経性ウイルスをベクターとして用いることとし、増殖能を限定したアデノウイルスにβアクチンのプロモーターの支配下においたcDNA(試行ではアミロイド前駆体蛋白遺伝子)を組込み、これを培養海馬細胞に導入することに成功した。現在、このベクターを用いて、GFP発現による生体染色を試行中である。 「活動によるシナプス新生」と平行して進行すると想定される「不活動によるシナプス廃止」が、培養切片標本で観測可能かについて追求した。培地にテトロドトキシンを添加して約1週間培養すると、CA1錐体細胞は対照群に比較して樹状突起の分枝の少ない形態のものが多くなった。 これらの結果を併せ考えて、上述した本標題の目標の過半は達成されたといえよう。
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