研究概要 |
記憶・学習の基礎機構にはシナプス可塑性が関与すると考えられるが、行動的に観測される可塑的変化とシナプス可塑性は十分に関連づけられるには至っていない.両者の機能的な関連づけには、入出力関係や神経回路についての知識が豊富に蓄積された行動系についてのニューロンレベルでの解析が重要であるが,そのためには、短期間で可塑的変化を起こす実験系を確立し、その可塑性の責任部位を確定する必要がある. 本研究では、この条件を満たす実験系を得るため、視覚刺激と大脳高次視覚野(LS皮質)の脳内微小刺激を組合せ、輻輳眼球運動の長期的増強を誘発した.実験には接近・離反運動をする視標を追視するよう訓練したネコ(予め麻酔下で頭部固定用ホルダー、刺激電極用チェンバーを装着)を覚醒状態で用いた.両眼眼球運動をサーチコイル法で記録した.視覚刺激・脳内微小刺激の組み合わせを30-50回行うこと(20-30分)により、その後6-22時間、視覚刺激に対する輻輳運動の速度・振幅が増加した.次に、微小刺激の有効なLS皮質の範囲を検索、また輻輳増強のために両刺激の組み合わせが必要であることを検証した.さらに、グルタミン酸受容体阻害剤、蛋白燐酸化酵素抑制剤の脳内局所注入を行なった.即ち、(1) LS皮質への視覚入力をCNQX (AMPA型グルタミン酸受容体遮断薬)のLS皮質内局所注入により遮断し、輻輳増強が阻害されることからLS皮質を経由する視覚入力が輻輳運動の増強発現に必要なこと、(2) NMDA型グルタミン酸受容体遮断薬(AP5)、蛋白燐酸化酵素阻害薬(H7、スタウロスポリン)をLS皮質に局所注入後、輻輳増強が阻害されることを示した. これらの結果から、LS皮質が長期的増強の責任部位であることを結論し、この可塑的変化にグルタミン酸受容体・タンパク燐酸化などシナプス長期増強と共通する基礎過程が存在することを示した.
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