研究概要 |
心不全治療薬としての新しい強心薬は患者の生活の質および運動耐容能を改善するが,生命予後に対して思わしくない作用を発揮するという報告が重なり,その開発はほとんど挫折に近い状況に陥った。しかし現在使用されている欠点の多い強心薬に代わりうる新しい作用機序による強心薬の開発が心不全という重篤な疾患に罹患している患者に福音をもたらすことに疑いはない。心不全治療における強心薬に要求される条件は,(1)強心作用を発揮するときに心臓エネルギー効率を悪化させないこと,(2)アシドーシスなどの病態生理学的な状況下でも強心作用を発揮しうることである。これらの条件を満たす可能性をもつ強心薬がCaセンシタイザーである。Caセンシタイザーは心筋細胞内Ca動員(トランスポート)のためのエネルギー(activation energy)を要しないこと,心筋細胞内Ca過剰負荷による心不整脈発生の危険性をもたないことなどの点から新しい心不全治療薬としての開発に大きな期待が寄せられている。 本年度の研究において新しいCaセンシタイザーであるOrg 30029[N-hydroxy-5,6-dimethoxy-benzo[b]thiophene-2-carboximidamide hydrochloride]による強心作用がアシドーシスおよびBDM(2,3-butanedione monoxime)による心筋収縮抑制下で効果をもつかどうかをCa感受性発光蛋白エクオリン負荷摘出イヌ右心室筋標本を用いて検討した。アシドーシスおよびBDMはともに顕著な陰性変力作用を惹起したが,エクオリンシグナル(Caトランジェント:CaT)は増強または不変であり,収縮蛋白Ca感受性減少により作用を惹起することが示唆された。Ogr 30029は[Ca^<2+>]_o上昇やβ受容体刺激とは異なりこのような条件下でもCaTにほとんど影響を与えることなしに効果的に収縮増強作用を惹起した。この実験結果はCaセンシタイザーが心筋虚血などで起こる病態生理学的状況下でも使用しうる強心薬であることを示す。
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