本研究では、精密測定を目的とした水平式の光学系を持つ光学顕微鏡システムの開発に成功した。光学系を水平式とする利点は、光軸を安定して固定できるために機械的に極めて安定した装置ができる点、対物レンズと接眼レンズ間の距離を自由に変更できるため拡大率を調節可能な点、光学素子を支えるための鏡筒部分が不要なため対物・接眼の間に自由に他の部品、たとえば、UV光学系、ダイクロイックミラー、シャッターなどを挿入できる点、観察試料のマイクロマニピュレーションを行うために装置が設置しやすい点など多くのものがある。また計測装置の光センサを時間分解能の高い設定に改良することで時間分解能が10KHzまで向上できるように改良した。この装置を使ってウニ精子微小管の振動波形を詳しく解析した結果、振動には一定速度の滑り運動を行う相(A)と周期的なゆらぎのみられるプラトー相(B)に分けることができることがわかった。Aはダイニンとチューブリンの強い相互作用(架橋)が生じている状態、Bは、その架橋が解離してATPの再結合までの状態ではないかと考えられる。また、この装置を用い、以下のcaged-ATPを使った新しい実験を試みた。トリトン処理したウニ精子鞭毛を実験材料として、瞬間的(数ミリ秒以内)にATPを付与し、その時の微小管滑り運動をnm〜数百pmの精度で計測することができた。その結果、鞭毛軸糸の中のダイニンがATPと結合し、ダイニン・ADPの反応中間体となったものが、滑り力発生(運動の開始)に関与している可能性が最も高いことが証明できた。これはこれまでテトラヒメナを使って行われてきたダイニンATP加水分解酵素に関する生化学的な報告を裏付ける結果であり、ダイニンのin situでの酵素化学反応論的な実測としては、はじめての報告である。反面、ダイニン・ADPと急速に結合するために強い阻害効果を持つと考えられて来たバナジン酸は、この運動開始に関わっていると考えられるダイニン・ADP反応中間体には全く作用しないということもこの研究で判明した。力発生のメカニズムを理解する上で非常に重要な知見である。
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