本研究では、蛋白質工学的手法を蛋白質X線結晶学に取り入れることにより、試行錯誤に頼らず位相決定と電子密度図の解釈の2つの問題を同時に解決できる方法の開発を目指した。具体的には、セレノメチオニン等セレン含有蛋白質を蛋白質工学的に作成し、このセレン含有蛋白質を結晶してX線結晶構造解析に用いることにより、上記の目的を達成することを目指した。 研究は、実際に蛋白質の構造解析に本方法を適用することで、その有効性を確認するという手段をとった。解析を行った蛋白質は、微生物のPCB(ビフェニル骨格を持つ公害物質)の分解代謝系に存在するBphC酵素(総分子量25万)、BphD酵素(総分子量25万)の2つで、これらの立体構造解析を通じて、本方法の有効性を確かめた。両酵素の構造解析には、セレノメチオニン蛋白質を用い、データ測定は全て、実験室系の通常のX線発生装置を用いて行った。その結果、放射光実験施設を用いることなく、セレン含有蛋白質を位相決定に有効に用いることが可能であることを実証できた。また、電子密度図の解釈に於いても、これを、正確かつ迅速に行うのにセレン含有蛋白質が非常に有効であることを確認した。 また、解析の効率化の過程で用いられる、電子密度図の改良用プログラムに関しても検討を行った。その結果、これらのプログラムは、初期位相の質が良くないと、正しい結果を得ることができないことを確かめた。このため、現段階では、放射光実験施設を用いて異常分散の測定実験を行わない限り(実験室系のX線発生装置を用いるならば)セレノメチオニン蛋白質単独で(SIRを用いて)位相を決定するのは困難であることがわかった。しかし、既に重原子同型置換体が得られている場合は、セレノメチオニン蛋白質を用いることで、位相の改善を十分行いうることが明らかになった。また、このようにして、改善された位相に対しては、電子密度図の改良(Solvent flattening等)は、ある程度有効に働くことも確認した。
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