酸素は生物にとって必須であるので、生物は酸素不足に対応して生存しようとする。多くの場合、酸素不足に対する対応は特異的遺伝子の発現による。低酸素による遺伝子発現の活性は、低酸素に応答するエンハンサーが活性化され、遺伝子の転写が促進されることによる。 動物細胞による組換え型蛋白質生産過程における重要な問題点のひとつは、酸素供給であり、細胞の生存や物質生産を維持するための激しい酸素供給は細胞に傷害を与える。そこで、本研究は、低酸素で活性化されるエンハンサーを利用して、通常の酸素状態でもまた低酸素状態でも組換え型蛋白質を効率よく生産するシステムを開発するための研究を行った。まず、低酸素に応答する典型的な遺伝子としてエリスロポエチン(EPO)遺伝子のエンハンサーを利用し、β-ガラクトシダーゼをレポーターとして使用し、β-ガラクトシダーゼ生合成の酸素依存性を詳細に解析した。その結果、このエンハンサーは低酸素で転写を著しく活性化することを見出し、物性生産に有効であることを明らかにした。ついで、強いプロモーターで物質生産に使用されているcytomegalovirous(CMV)プロモーターやelongation factor-1αプロモーターにエンハンサーを接続し、EPOをレポーター遺伝子とするプラスミドを構築した。このプラスミドを使用し、組換え型蛋白質の生産細胞として使用されるChinese hamstar ovary(CHO)細胞によるEPOの生産を解析した。エンハンサーは、低酸素によるEPO生産低下を防止し、通常の酸素状態に匹敵するEPO生産能力を示した。 更に、通常酸素圧下でも強いプロモーター活性を持ち、なおかつ低酸素でプロモーター活性が著しく活性化されるシステムを検索した結果、乳酸脱水素酵素(ALDH)のエンハンサー・プロモーターシステムがきわめて効果的であることを発見した。このシステムにEPOcDNAを連結したプラスミドを導入したCHO細胞を樹立し、種々の酸素濃度で生産したEPOの生物活性、糖鎖構造などを比較し、新しい生産システム開発の基盤を確立した。
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