プラトン哲学に於ける感覚の位置づけを明かにする為、初期・中期・後期対話篇群にあらわれる哲学の方法論に於いて、感覚の果たしている役割の相異点、共通点を明かにすることに努めた。特にソクラテスに関するアリストテレスの証言をもとに、初期対話篇群の議論を検討して、プラトンはソクラテスに帰納法的「例証法」を多用させており、日常体験や常識に根差す信念体系から出発して道徳的な事柄について普遍を求めていることを明かにした。 中期対話篇以後も「例証法」は影が薄いとはいえ多用されている。その際、多種多様な経験の中から共通性をもった事例を枚挙するには、あらかじめその共通性を知っていなければならず、だが、多数の事例を枚挙せねば、共通性、普遍性を見出すことは困難であるとのパラドックスにぶつかる。プラトンはこのパラドックスを解決すべく中期対話篇で一方では、神話的語り口でアナムネ-シスの説を、他方では我々が蓄えている常識的見解から普遍的・客観的尺度たるイデアに至るディアレクティケ-を展開している。 その結果、感覚の世界から思考と知性を切り離す訓練を強調しすぎる形になったと判断したプラトンは、『パルメニデス』でイデアの離在に反省を加えたのを契機に、後期対話篇では、感覚的個物の身分を明かにすることにつとめる。特に『テアイテトス』では感覚と知識の関係を問い、知識の根柢に、感覚と同時に成立する「全貌直観」とも呼ぶべきものがあることを提案している。これはアリストテレスの「先言措定」(ヒュポケイメノン-基体)に通じるものである。
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