本年平成七年度は、墨家と孟子との思想的交渉を解明するための基礎的作業に着手した。 まず墨家と孟子に共通して使用される「聖王」「聖人」という二つの用語について出土資料をも含む文献実証的な検討を加えた。その結果として、「聖王」なる語は墨家学派の思想活動において熟成してきたものであること。墨家では「聖王」と「聖人」は別の概念として登場してくるが、やがて「聖人」に「聖王」が包摂されていくこと。これに対し孟子においては、「聖王」の語は只一度だけ用いられており、しかも孟子の「聖人」概念は「聖王」を包摂したものであること。これらのことから、孟子の「聖人」理念の形成には墨家の「聖王」「聖人」の概念の受容が確認されることを明らかにした。これについては別記の論文として公表されている。 ついで、目下、墨家と孟子が共通して引用する詩・大雅・桑柔について検討を加えている。これについては左伝にも引用されており、用字の点では左伝と孟子は今本詩経のそれと一致するのに対し墨家の用字は特異である。また詩の釋義においては、墨家の解が政の方法は尚賢に拠るべきを説くのに対し、左伝は礼、孟子は仁に拠るべきを説く。これは孟子が墨家の典故を自説の主張の為に読み換えて解釈したものと見られ、その解の原型はやはり墨家にあると考えられる。したがってこの検討を通してもやはり墨家の孟子への思想的影響が確認し得る。この考察については論文作成に着手しつつあるところである。 このように両学派に跨がるキィワードの検討を通して、墨家と孟子の思想史的交渉の実態を明らかにしようとする作業が本年度の研究実績の内容をなしている。
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