本研究の課題である「大乗仏伝ラリタヴィスタラの本文校訂と和訳」のためには、まずその基礎作業として、東大図書館所藏のサンスクリット写本を初めとする多数の写本を調査し異読表を作成しなければならない。また、北京版・デルゲ版などのチベット訳原本も参照して、サンスクリット語とチベット語の単語対応表も作る必要がある。筆者は計13本のサンスクリット写本と計5本のチベット訳本を調査することによって、できるだけ正確な校訂と和訳を仕上げるためにベストを尽くした。また、誤訳を避けるために必須の、もう一つの基礎作業は思想的研究である。大乗経典の和訳のためには、諸々の大乗経典に流れている思想の本質をよく理解しなければならないからである。筆者は、インドに起こった仏教は最初から最後までインド民衆の一般的信仰と無関係ではありえなかったはずだ、という前提のもとに、ヒンドゥー教的な思想信仰と仏教思想との比較対照を試みながら、全インド的な範疇の中で大乗仏教を理解し、その思想潮流から仏教の仏陀観(特に大乗仏教の仏陀観)を理解すべきであると考えた。そのような試みを通じて大乗仏伝であるラリタヴィスタラも正しく理解することができる。 以上の二つの基礎作業とそれに伴う研究成果として、思想的問題にかかわる3本の論文と、本文校訂と和訳に関する4本の論文を仕上げた。それらのうち6本はすでに刊行された(1本は現在印刷中である)。ラリタヴィスタラは大部の経典であり、それらのすべてを校訂し和訳するにはまだかなりの時間を必要とするが、今回の研究助成による成果は、一応達成されたと考える。
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