教典論は特定の宗教集団の教典解釈とは異なり、諸宗教における教典の機能を横断的に考察し、宗教現象の中での教典の位置づけを理論化しようと試みるものである。その意味で、教典論は宗教学の一分野となる。近代宗教学の開祖であるF・マックス・ミュラーは、彼独自の教典論を考えていた。ところが、その後の宗教学の展開の中では、教典論は個々の宗教集団における教典解釈の巨大な蓄積に埋もれて、いつのまにか忘れられた領域になってしまった。 そのような巨大な蓄積の最たるものは聖書学であり、聖書は諸宗教の教典を論ずるさいのモデルとされるものでもあるが、二〇世紀に入ってから急速に発達した歴史的・批判的方法に基づく聖書研究は、結果的には、聖書に含まれている多様な要素を顕在化し、旧来の聖書研究の閉鎖性を内側から突破するにいたった。文学理論や歴史学理論における新しい動きもこれと呼応し、あらためて教典論の可能性が模索されるようになった。文字に書き記されたものという面だけでとらえられていた教典の口承的機能も注目されつつある。諸宗教に通底する教典論をふまえた後に、再度、個別宗教の教典が見なおされなければならない。
|