ロールズは、1980年以降、『正義論』での包括的理論としてのリベラリズムの主張を取り下げ、各種の包括的理論から「重なり合う合意」によって支持される政治的理論としてのリベラリズムを主張するに至ったが、政治的リベラリズムの考え方にはいくつかの難点が認められる。 1)ロールズは、自由で平等な人間というカント的概念を理論の基礎に据えるが、その概念導入の正当化としてそのような人間観が民主主義文化に内在的な直観であると述べる。しかし、1996年の米国共和党予備選挙の候補者の主張にも見られるように、現代米国の民主主義文化においてすら特定の人間観をその文化に潜在的なものとして取り出すことは容易でない。重なり合う合意により支持されうる政治理論の追求と、カント的人間観の採用とは簡単に調和できるものではない。 2)ロールズは、包括的リベラリズムでは重なり合う合意が不可能として、政治的リベラリズムの構想を展開するが、種々の包括的理論の立場がロールズの政治原理を支持するに至るかどうかについては妥当な反論がいくつか出されている。また、彼自身も認めるように、極端な場合には部分的に包括的理論を応用して政治的リベラリズムを補強することが必要となる。これらは、政治的レベルを切り放して論ずることがそもそも可能なのか、という問題を提起している。
|