初年度の目標は、「応用倫理学」が統合しようとしている問題群を整理するとともに、その「応用」という概念自体の問題性を論究することにあった。前者の課題については、近年の応用倫理学関係の文献を検討するとともに、臨床哲学・倫理学のカバーすべき問題領域のうちで、とくに労働ならびに所有という行為が含む倫理学的な問題を考察した(著書『だれのための仕事』ならびに論文「Who Owns Me?」)。後者の課題については、同じような問題意識をもつ研究者と意見交換を行なった。中心になったのは、コミュニケーション論と「心の哲学」研究に取り組んでおられる中岡成文大阪大学助教授とシステム論的家族療法とボランティア論に取り組んでおられる入江幸男大阪大学助教授とで組織した「臨床哲学研究会」における討論であり、さらには川本隆史跡見女子学園大学教授、大庭健専修大学教授らの倫理学研究者との意見交換であり、そこで応用倫理学の現状調査や哲学における臨床性の概念について集中的に議論した。また、品川哲彦広島大学総合科学部助教授、村田純一東京大学教養学部助教授ら哲学研究者と、哲学・倫理学の臨床論的展開の可能性について、とりわけ身体的コミュニケーションや自己/他者関係の現象学的分析の可能性について、意見交換を行ない、その成果を論文のかたちで公表した(著書『見られることの権利-〈顔〉論』『ちぐはぐな身体』、および論文「他なるものの時間」「都市のテクスチュア」)。今後は、倫理学における〈臨床性〉の概念のより踏み込んだ分析をするために、哲学・倫理学以外の研究者(臨床心理学、臨床教育学、社会学、ケア論)と議論を深めるとともに、それらの臨床の現場に積極的に関与していく可能性を探りたいと思う。
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