二年目の主たる目標は、第一に〈臨床〉概念についてのより突っ込んだ理論的研究をなすこと、第二に学問性格として臨床性の比較的強い領域(応用倫理学以外に、たとえば精神医学・看護学・臨床教育学等)の研究者との意見交換を推進することでであった。第一の課題については、「現場」ということの哲学的な意味、ならびに臨床における「聴く」という行為のポジティブな意味について、連載論考の執筆を開始した(「聴くことの力」)。また哲学・倫理学の領域においてなぜいま臨床性が問題になるのかを、哲学が現在置かれている状況の思想史的考察のなかで論及した(「哲学の場所」)。第二の課題については、臨床的性格のもっとも強い診療科学である精神分析の研究者(新宮一成京都大学大学院教授ら)と意見交換をくりかえし行なった(その成果の一部は「フロイト」というかたちで発表した)。生命倫理学の川本隆史跡見学園女子大学教授、清水哲郎東北大学教授やケア論の池川清子北海道医療大学教授、癒しの民俗学的研究の小松和彦大阪大学教授らとの討議や、転職相談者や化粧セラピストの活動現場の実地調査などを通じて、倫理学における臨床研究・活動の可能性について考察を深めた(それらの成果は、生命哲学のとるべき視点を論じた「生の交換・死の交換」や、ケアやコミュニケーションにおける身体性を論じた「感覚の技法」、現代におけるアイデンティティの脆さという問題をとり扱った「〈わたし〉というトポス」や『じぶん』のなかに折り込まれた)。このほか、「心の哲学」研究に取り組んでおられる中岡成文大阪大学教授ならびにボランティア論に取り組んでおられる入江幸男大阪大学助教授と共同で組織している「臨床哲学研究会」における討論より得た知見は多く、それら討論の記録を『臨床哲学ニューズレター』(1997年3月創刊)というかたちで刊行を始めた。
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