本研究は、倫理学において、いわゆる臨床性がどのようなかたちで導入可能かを検証するところにあった。初年度は、倫理学における臨床性が、応用倫理学というかたちで実現されつつある現状を鑑みながら、この「応用」という理念の問題性を摘出した。具体的には、「応用」という理念が、原理と応用、理論と実践という二分法を前提としており、倫理学が臨床という場面を離れて、非臨床的な場所で一般理論や基礎理論として可能であるかのような幻想をふりまく危険があることを確認した。 二年目は、倫理学の臨床性が、「聴く」という、一見受動的ともみえる行為のなかでもっとも深い意味をもちうることを確認した。と同時に、倫理学における臨床性の回復が、社会の臨床的な場面でのさまざまの困難の理論的分析という作業によってなされるのか、それとも倫理学そのものがそれら社会の臨床的な場面で、具体的にカウンセリングや会話セラピーといったかたちでその臨床的な作業を遂行すべきなのかという点で、最終的な結論を持ち越している点は認めなくてはならない。 ともあれ、この二年間の研究で、倫理学者はもとより看護学研究者や初等教育の教師、民俗学者など、多方面にまたがる研究者と、本研究課題をめぐって突っ込んだ意見交換をできたのは、大きな収穫であった。その収穫を生かすべく、『臨床哲学ニューズレター』を本研究期間の終わりに刊行を始めたが、今後ともこの冊子を通じて、本研究課題へのさらなる取り組みを報告しつづけていきたいと思う。
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