本年度は、古典的自由主義の法思想を完成させる計画で、研究を進めた。その成果を論文「二つのユートピア-ロシアにおける政治秩序と社会秩序の問題」にまとめた。この論文は古典的自由主義の代表的理論家ボリス・チチェーリンとコンスタンチン・カヴェーリンの政治秩序と社会秩序に関する思想的枠組み、フ-コ-の概念を借りれば「エピステ-メ-」を分析したものである。ロシアの政治制度の特殊性を「専制」に、社会制度の特殊性を「ミール共同体」にみる見解は、19世紀に形成され、今日に至っている。この専制とミール共同体に対するロシアの古典的自由主義者の態度を分析することによって、彼らの秩序意識の特性が明らかとなる。法思想の根本には、各思想家の秩序意識があるのであり、従って、この論文は古典的自由主義の法思想の基本を明らかにしようとしたものである。 この論文執筆中に、ロシアの著名な歴史家パ-ヴェル・ズィリャ-ノフ氏がロシアの共同体に関する論文を発表した。ロシア的社会秩序の特殊性が強調される際、共同体にしばしば言及されるが、私は氏の共同体理解に賛成できなかった。従って氏に対する反論を論文「農村共同体起源論争について」で発表した。(これは『ロシア史研究』58号に掲載予定。)これはロシアの秩序意識の研究から生まれた派生的成果である。 現在チチェーリンの地方自治制度に関する議論を分析中であるが、それが終了した段階で、ロシアの宗教思想における法意識の分析にとりかかるつもりである。具体的にはウラジ-ミル・ロロヴィヨフの晩年の大著『正義について』の中で表明されている法と道徳の関係を明らかにする予定である。
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