1856年のクリミア戦争敗北後に始まるロシアの改革運動の過程で、一部の改革派のインテリゲンツィヤたちは民衆の自立運動として西欧で発展していた協同組合運動に注目した。それがロシアでも民衆の自助運動として有効であると考えて、その導入を図ったのである。本研究では、ソヴィエト体制崩壊後のロシアの民衆の自立という課題を念頭に置きながら、ロシアの協同組合運動の創設に貢献した三人の先駆的思想家をとりあげて、彼らの協同組合思想の特色と国際協同組合運動との関係を明らかにし、その後のロシアの協同組合運動への影響関係を調べることを目指していた。報告者はすでにチェルヌイシェフスキイの協同組合思想と、ロシア・ウクライナにおける初期の協同組合運動の先駆的活動家、ニコライ・バーリンについて研究し、その成果を内外の学会で発表してきた。 今年度は、雑誌『ソヴレメンニク』の1860年4月号に掲載されたイワン・コノパセヴィッチの論文「ロッチデイル相互扶助組合」の分析を通じて、イギリスの協同組合運動についての急進的改革派インテリゲンツィヤたちの認識の特色を明らかにした。特に、彼がチェルヌィシェフスキイと同様に、ロッチデイルの協同組合の経験に学び、農奴解放後に予想されるロシアの資本主義化の進展とその結果としての農民階層の零落とプロレタリア化を防ぐために協同組合の普及が有益であることを主張していたことを確認した。 ロシアの農村貸付協同組合運動の先駆的指導者として活動したA.I.ヴァシリチコフ侯爵は、リベラルな傾向の民衆擁護者としてゼムストボを通じての農村貸付協同組合の援助と普及に尽力した。協同組合によるロシア農民の貧困からの解放を目指すその思想の特色については、彼が1871年3月にペテルブルグの自由経済協会で報告した『ロシアにおける農村貸付組合』を中心にその研究をまとめつつあり、近く発表の予定である。 ソヴィエト体制の崩壊後の体制転換に伴うロシア・中欧・東欧諸国での旧ソヴィエト型の協同組合の動向についても引き続き資料収集と検討を続けると共に、学会、大学(比較経済体制学会、慶応大学、龍谷大学など)でその成果を報告している。また、ロシア、イギリス、アメリカの研究機関や研究者との情報交換や人的交流を続けている。
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