「西欧12世紀における修道院神学の研究」と題したこの一連の研究では、西欧近代を形づくる基本的な概念である「人格」や「個人」の淵源を探究したが、近代の問題を直接扱うのではなく、それをはるかに見つめながら、12世紀の修道院での神学・哲学の営みを、当時の社会との関連で考察しようとしたものである。12世紀の多様な学派の思想的展開の全体を丁寧に追うことは、期間の中では困難であり、また当時の最急進派アベラルドゥスとその周辺については、日本でもすでにいくつかの先行研究があるので、私は、これまでほとんど研究されていないサン・ヴィクトール学派の哲学者たちに研究対象を絞った。特にサン・ヴィクトールのフ-ゴ-とその弟子リカルドゥスが、この研究の主要な対象となったが、一方では、彼らの哲学的な営みは、12世紀においては完成せず、むしろ13世紀のトマス・アクィナス(1225-74)においていわば修道院神学は集大成されたと考えられるので、トマスの神学も論考の内に含めた。これらによって、C・H・ハスキンズの提唱以来「12世紀ルネサンス」と呼ばれる社会的・思想的な大変化の全体をある程度視野に入れることができたのではないかと思う。修道院神学の研究は、今日の「人格」や「個人」をめぐる議論に、一定の奥行きを与えることを可能にする。「個人」というものが、その淵源を中世の社会とその思想的営みに持っていることの確認は、今日の教育・社会・政治に対して、様々なことを示唆してくれる。この研究は、まだ端緒についたばかりである。サン・ヴィクトール学派の神学的貢献の中心であった三位一体論や救済論には、私はまだまとまった論文の形では立ち入ることができない。また同時代の他の学派、たとえばシャルトル学派や、ペトルス・ロンバルドゥスの学派、またあの巨大なクレルヴォ-のベルナルドゥスも、私は今後の研究の課題として残さねばならない。
|