本研究は、絵画を中心に次の三点をめぐってなされた。 1 技法的側面 抽象表現主義の代表的作品は、ポロックをはじめ地塗りの施されていない綿布=支持体を床に置き、それに顔料を浸透させる技法で描かれている。これは伝統的な日本・中国の技法-没骨法(線を用いないで形を作る技法)など-に近い。この画法による表現がいかなるものになるかを、日本・中国の絵画との類似、そして相違を検討しつつ、数名の画家の制作=助力を得て調査した。 2 形式的側面 (1)との関連において、抽象表現主義は、線や色面などの諸要素が画面を同質的におおい全体的統一としてのシングル・イメージの空間構造をもつというのが一般的見方である。しかし、これら諸要素は、もはや全体を作り上げない諸イメージの現前として存在する時間構造として捉えられる。それは、連続する時間でも循環する時間でもなく共存する時間から成っていること、日本・東洋的とはいえないものの、西洋の伝統表現とは異質な構造を有していることを解明した。 3 社会的側面 抽象表現主義者たち、とくにその批評家たちは、青年時代、マルクス主義の洗礼を受けたが、スターリン主義の台頭後は芸術に集中する。それゆえ、そのメッセージをもたぬ抽象性が、冷戦文化として時の政治と結びつけられたという批判が起こっている。しかし、彼らが政府の文化事業に参加することはあっても、それは芸術的、倫理的に問題となるものではない。これについは関係者たちからいくつかの証言を得ており、その反批判を準備中である。
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