古代東アジアの宗教絵画において、地域時代を超えて共通するものは尊像の儀軌図像だけでしかなく、表現技法や画面を構成するモチーフについてはきわめて多様な表現が確認される。しかし、その中で日本の宗教絵画が中国や朝鮮のそれらと顕著な違いを見せているのが画中の自然表現である。 本研究においては、この問題について各地各時代の作例を具体的に検証し、しの実際を詳からにしようとしてきた。その結果として以下の点が明らかになった。 1 東アジア宗教絵画の画中に、具体的であれ抽象的であれ、山水表現を描きこむことは中国唐代にその方法が確立し、自然表現がかなり重視されていた。しかし、その強い影響下にあった12世紀以前の朝鮮絵画がいかなる状況だったかは作例がほとんど残っていないため状況は把握し得ない。 2 日本では奈良時代から唐代絵画の表現を模倣していたが、平安時代には宗教的モチーフと山水風景との関係づけの点で中国とは本質的に異なる方向に向って行った。日本独自の自然観や表現方法は12世紀から13世紀に顕著になった。 3 そうして中で、自然表現を最も多用する説話画が唐代絵画と変わらぬ表現志向をめざしていたのに対して、阿弥陀来迎図はきわめて独特な発想や価値観で山水表現を画中にとりこんでいたことが明らかになった。 以上の知見は、これまで具体的な検証をされずにきた東アジア絵画史上きわめて重要な問題を始めて明瞭にしたことで充分な成果をあげ得たものである。また、今後の課題としては中国の宗教絵画における自然表現の意義づけをより明らかにすることがあげられる。
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