本研究は、心の計算論・記号論とよぶパラダイムのもとで心の基本的な機能の一つである心的計算過程の仕組みを検討することを目的とする。あわせて、心理学におけるこのパラダイム自体の占める位置並びにその基本構造に関する論理的検討を、心理学史や科学基礎論の面から行なう。前者の目的を遂行するために、以下のような実験を行なった。課題は、一桁の数字の間の加算と乗算の計算問題である。そのさいの心的計算過程の仕組みを明らかにするために、数字の特性である偶数、奇数に着目し分析を加えた。なお、分析指標は、パーソナル・コンピュータによって行なった。この結果次ぎのようなことが明らかになった。まず、加算課題の結果、偶奇性効果が認められた。つまり、偶数+偶数(計算結果は偶数)、奇数+奇数(結果は偶数)、偶数+奇数(結果は奇数)課題の順に反応時間が遅くなることが判明した。従来こうした偶奇性効果は、検証課題においてみられるという報告しかないが、本研究は産出課題でこの効果を検出した。なお、検証課題とは、あらかじめ課題とその結果を対提示しその組み合わせの正否を問う課題であるのに対し、産出課題は、実際に行なった計算結果を答える課題である。また、本研究の結果、この効果は加算結果が10以上になる場合に顕著に見られること、相対的に反応時間の遅い被験者に顕著であることが判明した。一方、乗算課題においては、明確な偶奇性効果を認めることはできなかった。数の心的表象特性が心的計算を左右することが判明したがなお検討を要する。検証モデルとして、心内の心的数表とそれへのアクセスのための活性化モデルを想定することができるがあらためて検討を加える。 後者の目的を遂行するために、そもそもの心理学史をはじめ科学基礎論や認識論の歴史的背景に求め考察した。
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