本研究は、心の計算論・記号論とよぶパラダイムのもとで心の基本的な機能の一つである心的計算過程の仕組みを心的表象空間における記号計算とパターン変換過程を基に実験的検討することを目的とした。またこの前提となる心理学におけるこのパラダイム自体の占める位置並びにその基本構造に関する論理的検討を、科学基礎論と心理学史の両面から行なった。したがって、本研究の成果報告概要は、理論的検討と実験的検討の二つで構成される。まず、理論的検討は、心の記号論の基盤となる記号論理学、その記号計算の基本的な内容である記号の処理・操作とそれを実践するコンピュータ(オートマトンと総称される機械)の位置付け、さらに心(知)を実現する生物の脳の機能をもとにした形式ニュートラル・ネットワーク上でのパターン変換計算の基本構造を科学基礎論から論及した。さらに、心の科学における中心的な位置を占める現代心理学の成立にいたる経緯とその基本的なパラダイムの変遷を心理学史の観点から検討し、日本の心理学の成立を論じた。一方、この記号論の観点から、以下のような実験的検討を行なった。実験は3つある。第1の実験は、一桁の数字の間の加算と乗算計算課題を遂行するさいの心的計算過程の仕組みと心的構造を究明することを目的とした。課題を構成するここの数字の性質と計算結果の数値の偶数、奇数によって、回答までの反応時間に有意な差のあることが判明した。この事実から数記号表象系(心的数表空間)へのアクセス過程と記憶表象構造を検討した。第2の実験は、日本の伝統的な幾何学的文様に対する印象評価を決めている心的表象空間の幾何学的構造を数理モデルを基に考察した。また、そのさいの印象測定に関わる心理学的測定論・尺度論を整理した。第3の実験は、日本語の構造に内在する名詞、動詞、形容詞によって構成される比喩(メタファー)機能をささえる心的意味空間の構造を検討した。
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