1.空間認知記憶と対象認知記憶に関わる側頭葉内側部において、海馬傍回皮質・嗅周皮質の果たす役割を明らかにするために、本年度はニホンサルを用いて嗅周皮質摘除のこれらの記憶に及ぼす効果を非摘除サルの成績と比較検討した。空間認知記憶課題として場所を手がかりとした遅延見本合わせ課題を、対象認知課題として色を手がかりとした遅延見本合わせ課題を、遅延時間10秒を基本課題として使用した。 2.(1)場所遅延見本合わせ課題の結果:術前の場所遅延見本合わせ課題の学習には、摘除群、非摘除群合わせて平均342試行で学習基準に達成した(学習基準は3日連続30試行中80%以上の正反応率)。摘除後の成績は、非摘除群は平均15試行で学習基準に達し、学習のほぼ完全な保持を示したのに対し、嗅周皮質摘除群では1頭は510試行、他の2頭については1000試行の再学習訓練にもかかわらず、学習基準に達することができなかった。再学習を達成した1頭について、20・30・60秒に遅延時間を延長した遅延テストの成績をみてみると、20秒遅延テストで非摘除群の成績との間に大きな差がみられたが、30・60秒遅延テストでは非摘除群の成績も非常に悪く、差は見られなかった。(2)色遅延見本合わせ課題の結果:この課題は場所遅延見本合わせ課題の実験終了後に、初学習として課した。非摘除群は、385試行で学習基準(連続100試行中90%以上の正反応率)に達したが、摘除群はいずれも1000試行以内では学習基準に達しなかった。(3)摘除域の組織学的検索では、嗅周皮質に隣接する嗅内皮質および下部側頭葉皮質に損傷が見られたが、海馬体には損傷はなかった。 3.以上の結果、海馬体の損傷を含まないでも空間認知記憶と対象認知記憶の双方が障害されることが示唆されたが、嗅周皮質のみの効果とは現段階では言えない。今後、嗅内皮質損傷の効果を検討する課題が提起される。
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