熟達者(experts)は、その得意とする領域に関して豊かで、かつよく構造化された既有知識をもっていると同時に、新しい作品や製品を生産したり、さらには新しい知識を生成し得ることも少なくない。これがいかにして可能であるか、(1)料理という生活的分野と(2)視覚芸術の分野を取り上げて、熟達者の認知の持つこうした生成的側面を解明し、その過程モデルを構築しようとする。平成7年度は、主として創作に関する実験を、料理と書・西洋画・彫刻を含む視覚芸術について行った。大学生を対象に、様々な材料のセットや調理方法に関する制限を与えて、調理法の組替えを行わせたり、新しい料理を考案させたりするとともに、完成された未知の料理を与え、それがいかに調理されたものかを推論させた。料理に対する経験と関心の程度により群分けして比較する。また、視覚芸術について、大学生の初心者と中級者に同じ絵画・デザインの記憶および創作課題を与え、その過程を比較した。その結果、次の諸点が示唆された。未知の料理の調理法の推論では、さまざまな類推が用いられるが、その適切さは、熟達化の程度により異なる。絵画・デザインの忠実な記憶に関しては、熟達化の程度の効果は大きくないが、それを異なる材料を用いて移し替えるという場合には、初心者と中級者の差異がはっきるする。
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