前年度までに収集した資料のより詳細な分析、個々の創作を超えた知識生成の過程とその根底にある熟達化に関する考察、および若干の補充実験を行なった。補充実験としては、入力を変化させることにより、問題解決過程がどの様に対応して変化するかの観測(料理の場合)のほか、類似してはいるが異なる領域に熟達者がどのように適応していくかの記録の分析(洋楽から邦楽への転移の場合)を追加した。前者では、通常の材料と、類似しているが異なる材料とで、料理の作り方がどう異なるか、客の要求や自分のイメージ、様式的制約による調整(ベトナム料理風にアレンジする、等)を初心者と(準)熟達者について観察、査問した。当初は西洋画の創作において外的入力の果たす役割などを検討する予定であったが、予備的検討の結果、必ずしも所定の成果が得られなかったため、後者の問題に変更した。創作や知識生成は知識や技能を異なる文脈に移しかえたり、既有の制約を弱めたりすることにより(つまり新しい領域を生み出すという形で)生ずることが珍しくないので、こうした検討が重要だと考えられる。次の諸点が示唆された。 調理法に関しては、熟達に伴って様式的制約を適切に緩和しうる、という証拠は得られなかった。調理経験の多い被験者は、通常の材料や器具がなくとも代替物を見いだしうるという意味で修復能力に優れているが、新しい料理の考案に関してはむしろ保守的であった。洋楽から邦楽への転移については、学習を始めた段階での邦楽の享受経験の量、つまり初期状態としての音楽経験の量の少なさがもたらしたと思われる混乱が見られた。さらに洋楽での経験を利用したことで混乱が一層大きくなったと考えられる事例も観察された。分析した範囲内では、クロスオ-ヴァーによる創造過程の促進は見られなかったが、これは被験者の熟達の程度がまだ不十分だったためとも考えられる。
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