研究概要 |
これまでの医師-患者コミュニケーションの研究は,Fisher & ToddやCicourelなどに代表されるように両者間の非対照的(asymmetrical)関係を暗黙の前提としていたり,それを経験的に実証しようと試みる研究が多かった。本研究者は,それら古典的な分析を否定しているわけではないし,われわれの会話データからも非対称性を示すことが可能な箇所を探すことは充分可能である。しかし,データからは,医師-患者関係がもっと多面性を持ったものであることが窺える。例えば,時には患者がイニシアティヴをとって会話を進め,両者の非対称性が逆転しているといってよいシークエンスが出現することがある。患者が医療システムに取り込まれていくことをMishlerらは医療化と考えているが,患者は彼らが描くほど受動的な存在ではなくいわば協動-共謀的に医療に参加していると言う方が適切なのではないだろうか。また,医師-患者関係では,病状説明などの場面では確かに情報の流れが一方向的であるが,必ずしも権威的に伝達が行われるとは限らない。特に患者にとって病状が重篤な場合には,その説明は,無造作にではなくやはり配慮のもとに行われているように見える。分析に取り上げた事例は,いわゆる「悪い知らせを伝えるbad-news-telling」という会話的装置が典型的に使われており,典型的であったが故に-つまり悪い知らせほど受け手の口から言わせようとしていった結果,伝達そのものが阻害されるという興味深いものだった。制度的会話は,日常会話との相違点からのみではなく,類似点も絡めて分析する必要があると思われる。
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