現代の義務教育の保障原理との比較という視点から、1980年代後半以降の基礎的教育の普遍化に関する計画や州における具体的プロジェクトの検討を行なった。 これらの計画の背景には、(1)人権としての基礎的教育の保障、(2)開発に対する基礎的教育の普遍化の貢献(初等教育の収益率への着目、人口増加抑制に関する基礎的教育の有効性、近代化に伴う基本的能力の高度化・複雑化、社会的秩序の維持)、(3)人権と開発の統合にもとづいた基礎的教育の普遍化、という要因が存在していることが指摘できる。そして基礎的教育の普遍化は、(1)公権力による保障に限らず国際協力機関やNGOなどへの権利保障の主体の拡大、(2)インセンティヴ高揚のための無償性の拡張、(3)学校以外の場での基礎的教育の機会を消極的に承認する年齢主義から課程主義への転換、(4)社会開発のコアであると同時に社会開発に従属するという社会開発の一分野としての教育開発、(5)国家・公権力からの自由ではなく社会開発に参加する自由、社会開発推進のための主体的運動の裏付けとしての分権化という自由・分権の概念の転換、という現代義務教育の保障原理のからの転換を伴うものであることが明らかとなった。 しかしながら、(1)近代化開発モデルの修正に依拠した社会適応(都市化に適応した人間の形成し農村社会からその後継者を吸引する、教育要求の高度化を刺激する、教育の機会均等とrelevanceの矛盾が存在する)、(2)基礎的教育によって注入されるイデオロギーによる普遍的人間像の追求と文化的固有性の否定、(3)教育における国際的依存関係の永続化、という限界も指摘される。したがって、「無限の成長という神話」から解放された開発と教育の関係や、伝統、文化、地域主義に基盤を置いた基礎的教育の多様性という視点からの検討が必要であり、ガンディーやニエレレの教育観の再評価が求められる。
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