本研究の成果は、成果報告書にほとんどすべて盛りこまれているが、その概要を摘記すれば次のようになる。 (1)先行研究およびBritish Library Catalogue・Wellcome Institute蔵書目録の系統的検索の結果、ほぼ完璧な欧米胎教論テクストのリストが得られたものと考えられる。 (2)それによれば、ヨーロッパ胎教論の歴史がこれまでどうしたわけか注目されることはなかったわけだが、豊穣なほど胎教言説の水脈がヨーロッパの基底に流れていた事実が明白なものとなった。 (3)しかしながら、同時に、そうして掘り出され照らし出されたヨーロッパ胎教論の形態および性格の歴史的変容が看取された。 (4)第一に、子どものeducationしたがって胎児のeducationを論じるという文脈の中に妊婦の養生論があからさまなかたちで位置づいて登場する胎教言説は、やはりルネサンス以降とりわけ17世紀に顕著に見られるようになる、ということである。 (5)第二に、そのうえでさらに、胎教言説ないし胎教観の性格が、17世紀と18世紀以降とのあいだで決定的な断絶を伴って変容を蒙っている、ということである。そのことは、18世紀初頭のイギリスでの論争、すなわち母親の想像力が胎児に及ぼす影響の有無に関する論争に端的に見出される。つまり、伝統的コスモロジーと親和的ないわば母子一気論からの離脱、近代自然科学的母子二元論へ、という変容を胎教論も被ることになるのである。 (6)以上二つの段階を経て展開する欧米胎教論の系譜について、報告書として論稿をまとめた。内容は、「ヨーロッパ胎教論の水脈」、「欧米胎教論アンソロジー」、「J・P・フランク『医療ポリツァイ』と家族の実践-官房学における人口と産育」の3章構成。
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