研究概要 |
平成7年度に引き続き,本年度も沖縄本島東部の与勝半島一帯でフォーク・ヒストリーの調査を実施した結果,琉球王国期から近代,一部は第二次大戦後までいとなまれていた海運(山原船交易)事業に加えて,とくに離島の伊計においては,ある起業家による定置網鰹漁業の村有化が,共同店の設立とあいまって,歴史の語りの中核的部分に位置していることが判明した。この鰹漁業による村落の経済的自立と,共同店経営に基づく強い社会的統制は,今日に至るまで伊計の社会生活を強く拘束しているのであり,その点は,山原船交易の利潤による個人店舗経営の興隆が社会生活を大きく変貌させる起動力となってきた,例えば平安座島のケースなどとは極めて対照的と言える。これまで見落とされていた,沖縄の地域社会史に関する歴史人類学的な主題として興味深いものである。 もう1点,宮古諸島北部地域については,すでに池間島を中心に鰹漁業の発展を軸にしたフォーク・ヒストリー研究を平成7年度に発表しておいたが(「<池間民族考>考」),本年度は,そのテーマを側面から跡付ける有力な手書き文書を入手することができた。「宮古群八重山郡漁業調査書」と題したその文書は大正期中葉の行政報告書であるようだが,そこに示された記事は,鰹漁業を中心にしたフォーク・ヒストリーの語りと照合させることによって,漁業,出稼ぎ,地域社会の発展と没落,さらには住民のアイデンティティにかかわる多面的な問題群を明らかにするものと思われる。本研究の期間内に,データ化(入力)と分析を行うつもりである。 なお,本年度の現地調査で得られた口述資料等は定型的な様式に整理し,平成9年度の研究に役立てられるように作業を進めることができた。
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