フィリピン南部ミンダナオ地方およびインドネシア北部スラウェシ地方には、シルシラあるいはタルシラとよばれる系図が地方の有力者を中心に保存されており、系図およびそれらに付随する口述史料から、これらの地方の人々のあいだで、かなり広範囲に、頻繁に人々が移動していることがわかってきた。この50年間だけでも、数十万人が国境を越えて移動したと推定されている。しかし、これらの人々の移動を示す文献史料は、きわめて乏しく、断片的で、その移動の事実を実証することはきわめて困難であった。本研究は、平成5〜6年度科研国際学術調査「島嶼部東南アジアのフロンティア世界に関する動態的研究」(代表:京都大学東南アジア研究センター加藤剛教授)および平成7年度科研国際学術調査「ウォーラセア海域世界におけるネットワーク型社会の文化生態的動態」(代表:京都大学東南アジア研究センター田中耕司助教授)で収集した史料を整理・分析することを目的とした。また、移動の激しい社会と比較する意味において、移動を拒否つづけてきた岡山県苫田ダム水没予定地の住民・社会の調査を並行して進めた。その結果、ミンダナオ南部では、イスラーム教徒の移動が、イスラーム社会を拡大させたことが明らかになった。いっぽう、北部スラウェシおよびサンギヘ・タラウド諸島には、広範囲にわたってミンダナオ地方との交流が記録・記憶されていた。これらの調査・分析から、従来漠然とした移動の事実が確認でき、その移動がどのように人々に記憶されてきたかがわかった。今回の研究成果報告書では、現在整理、翻訳が終了したもののみ、試験的に編集した。今後、平成9年度の国際学術調査での確認作業の成果をふまえて、整理・翻訳・分析して、改めて公表したいと考えている。
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