昨年度は、北海道におけるアイヌ観光地自体の技術継承の実態調査を中心に行い、いわゆる観光現象が、伝統文化の再生産に少なからず寄与していることを明らかにできた。これを踏まえて、本年度は、アイヌ観光を支える周辺の影響を中心に調査を実施した。その主要な成果は次の三点に要約できる。 (1)アイヌ観光みやげは、古典的な熊彫りが売れなくなるなど現代的な商品の開発が求められている。アイヌ文化とは無縁な競走馬の木彫なども登場しているが、アイヌ伝統の技術と現代的な感性で製作された質の高い作品が求められている傾向が強い。購入者が実際に使うために求めることが多く、これに対応して魅力ある作品の製作がなされている。たとえば木盆や茶托などの木彫品は、アイヌ文様の施文においても伝統的な手法・規範を踏まえたものが購入者に歓迎されていることが明らかとなった。 (2)アイヌ伝統の技術を現代に生かした質の高い作品が求められることによって、これを製作するアイヌ自身も自己の伝統文化全般にわたる再認識の必要性を強めている状況にあるといえる。父祖の時代に製作された伝統民具を博物館などを訪れて学習し、それをもとに観光商品を製作することが、アイヌ自身の民族文化の見直しへの潮流を生じさせていることを指摘できる。 (3)質の高い観光みやげの存在は、アイヌ文化を深く理解しようとする者の欲求に添うだけでなく、作り手のアイヌ自身にとっても民族的なアイデンティティを確認し強める働きに作用している。最近の現象として、直接観光とは関わらない都市居住のアイヌも、門族的アイデンティティを求める手段のひとつとして、伝統技術の学習に参加することが目立つようになってきたことが明らかになった。
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