奈良時代の仏教者に関する伝記的研究を、彼らにかかわる伝承史料までも視野に入れて進捗させようというのが、本研究の主題である。こうした主題に沿う仏教者として、全国の寺社の縁起にその名を留めているのが行基である。行基に関わる伝承史料を伝存・所蔵している寺院は全国で千数百カ寺にのぼっている。本研究の代表者は、これまでにこうした趣旨にそって基礎的史資料の収集につとめてきた。今回の研究にあたっては、従前の成果をふまえて幾つかのテーマを設定して、史資料の収集にあった。今年度は、開基伝承・墓所開創伝承・巡礼寺院というテーマを設定して、山口県防府市・長崎県長崎市周辺・岐阜県大垣市周辺・和歌山県熊野市・大阪府大阪市等の各地域で史資料収集の調査を実施した。その結果、開基伝承に温泉や湧水にかかわる信仰(例えば温泉薬師)や時には巨石や巨岩に関する信仰をともなっていることを物語る史資料を収集しえた。 これらの史資料が作製された年代の比定については、慎重を期すことは言うまでもないが、行基と同時代に作製されたものではないことは明らかである。それが中世にしろ近世にしろ、行基への信仰なり追慕の念が奈良時代だけではなく後代にいたるまで醸成されていったということは言えよう。この点からも行基伝承の研究の意義が明確となったと言えよう。また、地域の観音信仰とかかわりを持ちつつミニ巡礼寺院を形成していた長崎市を中心として点在する肥前七観音は、行基伝承を中核としていることが明らかとなった。こうした事例は、東京都豊島区周辺(行基七仏・江戸六阿弥陀)・静岡県静岡市周辺(駿河七観音)の各地域にも所在している。こうした点をも考慮にいれて、次年度も行基伝承に関する史資料を収集し、奈良仏教者に関する伝承研究を進捗させていきたい。
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