(1)1992年6月のオーストラリア連邦最高裁判所で下されたMabo判決は、terra nulliusの法理を否定することによって、オーストラリアにおけるアボリジニからの土地収奪を法理論の観点からみて必ずしも正しいとはいえないと宣言した、きわめて重要な文書である。この文書を検討すると、それは、アボリジニの土地にたいする権原を確定するという現代的課題に取り組んだ文書であるとともに、その問題が発生する歴史的経緯を解明する「論文」という側面をもっている。つまり、イギリスにおける土地所有権論の発展をも視野に入れておかねばこの文書は十全には理解しえないことが判る。とりわけ、Brennan判事の判決理由文は、ノルマン・コンクェスト以降の土地所有権法を検討するのみならず、19世紀イギリスの判例等をも丹念にあとづけており、現代オーストラリアのNative Titleを理解するには、19世紀イギリスが大英帝国として、植民地支配を如何なる法理に基づいて貫徹させていたかを問わねばならないことを、私たちに鋭く突きつけている。 (2)先住民から土地を収奪することを正当化するさいに、その非定住性が強調された。定住していないから土地支配を貫徹していないという論理である。この論理は、オーストラリアにおいても、またアメリカにおいても援用されたが、実は早く16世紀にイギリス人がアイルランド人から土地を収奪するさいに、利用されたものであった。しかも、このときに、アイルランド人を「野蛮人」と分類して土地収奪を正当化したのである。この時代には、身体的特徴や皮膚の色によって「野蛮人」とする原理とは異なる思想が機能していたことが理解できる。
|