初年度の研究の結果、計画当初の見通しと異なり、農村社会における社会的結合についての既存研究がきわめて限られていることが明らかになった。と同時に、近年、政治文化史的観点から、市民的価値・公共性の浸透を社会の実態に即して再確認しようとする欧米学界の新たな動向が顕在化しつつあることもわかった。これらの点にかんがみて、申請当初の目標をやや修正することにした。そしてこれまでのところ、フランス農村における文化変容の過程、つまり近代的市民社会原理がいかにして浸透、定着したのかを、ブルジョワによって主導された教育結社運動の歴史を通じて、明らかにしようとした。 この世俗教育結社の運動は第二帝政期のブルジョワジ-の動向を特徴づけるものであるが、なかんずくアルザスの教育者J・マセに率いられた「教育同盟Ligue de l'enseignement」の運動の重要性に着目し、オースピッツら既存研究を検討し、さらにフランス国立図書館から入手した一次史料を分析することによって、この運動の理念(教育の世俗化と民主主義)と構造(広範な中流階級、および労働者階級の一部を結集)、地域的分布(北部、東部、南部の一部が中心)を解明した。実態としては、世俗教育の実現に向けてのプロパガンダ運動と民衆図書館(室)の設立活動が中心であるが、この運動はフリーメーソンなどブルジョワ的結合関係と労働者・農民の日常的結合関係を媒介しながら、市民的価値を普及させる重要な役割を担ったと考えられる。今後の研究の焦点は、教育同盟が1871年から73年に行った世俗教育実現を求める署名運動を統計的に分析することにある。それによって、第三共和政期の公教育制度化の土壌が、すでに第二帝政期に始められていた世俗教育運動によって準備されていたことが明らかになるはずである。
|