本年度の研究目標は、テューダー絶対王政の特性を、従来のように「王の権力」としてではなく、それを支えていた「王の権威」の問題として捉えようとするものであった。つまり、当時の国王たちは、万人を超越した非日常的な価値観によって自らを象徴化し、絶対的な権威を帯びていった点にこそ、歴史的特性を見て取れるのではないかということである。そこでまず、国王の権威を正当化する価値観として、カントロヴィチが提示した「国王の2つの身体」という国家論ないし王権論がこの時期に成立したことを明らかにした。こうして国王の身体が、国家や王権の象徴として位置付けられ、その身体そのものの神秘性、聖性が高められることになったのである。次にこのように国王の身体の象徴性の高まりが、実際の国家統治の在り方にどのように関わっていたのかについて、主に宮廷儀礼、国家儀礼の在り方の分析を通じて検討した。たとえば国王宮廷における雪隠係(thegroom of the stool)は、かツては中小ジェントリかヨ-マンのための中・下位の官職であった。ところが同職はこの時期に飛躍的にその重要性を増し、国王の寝所への入室を唯一許されるとともに、国政にも深く関与するようになった。こうして同職は宮廷内の官職序列でもトップ・ランクに位置し、上層ジェントリによって独占されることになったのである。また国王の葬儀も、国家儀礼として整備され、その規模もかって見られないほど大きくなりまた荘厳なものとなった。中でも注目されるのは、葬儀の際に最も重要視されていたのは、棺の中の遺体というよりもむしろ、その上に横たえられた国王の肖像であったことであろう。こうした事実は、国王の2つの身体の理論、国王の身体の象徴性の問題を抜きにして語れないであろう。このように王権が非日常的な価値観を体現するものとしてジンボライズされ、絶対的な権威を身につける過程、つまり権力の象徴過程は、国王による国家統治と深く関わっていたのである。
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