本研究では、アメリカ・ポピュリズムの拠点であったカンザス州中部東端に位置するマリオン郡をケース・スタディの対象として取り上げ、そこにおける金納小作を中心とする無産階級とポピュリズムの関係、メノナイトなどの新来移民集団とポピュリズムの関係、タウンと農村地域の差異とポピュリズムの関りなどについて、現地調査で収集した史料の分析に基づいて究明を行ってきた。その結果、全体として、小作農地域でのポピュリストの集票力は低かったこと、小作のなかでポピュリストとして活発に活動しているものも、むしろ自作地を所有したうえで小作地も賃借しているいわゆる自小作の性格をもっていたこと、メノナイトなど新来移民集団のポピュリストへの支持はむしろ低かったこと、それは彼らが本来保守的体質をもっていただけでなく、共和党など既成政党の働き掛けが影響していたこと、などが明らかになった。さらに、カンザス・ポピュリストの顔の一人であったフランク・ドスターだけでなく、リヨン兄弟などマリオン郡で活躍したポピュリストの背景を探ることによって、農民ではないタウンのポピュリストの存在とその運動参加の契機の一端が明らかになった。彼ら、いわば「スモ-ルタウン・ポピュリスト」がポピュリスト運動に参加した最大の動機は、報告書「スモ-ルタウン・ポピュリストーリヨン・H・リドル(Leon H.Riddle)の日記から-」が明らかにしているように、過剰な土地投機の崩壊によって生じた土地抵当負債の重圧にあった。
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