本研究は、歴史家エドワード・ギボンの『自伝』に描かれた家系について、個別に事実の確定をおこなうことを目指した。この作業は、曾祖父マシューまでのギボン家の系譜の確定、曾祖父マシューの商売と軍需局との関わりの解明、祖父エドワードの生涯と商業・金融活動の概要と社会的上昇の解明、父エドワードの議員活動と議決行動の分析の四点にわたる調査を必要とするものであったが、前二者については論考「歴史家エドワード・ギボンの家系と曾祖父マシュー」、後二者については論考「祖父エドワード・ギボンと戦費送金」にまとめた。これらの調査によって明らかになったことは以下のとおりである。 1.曾祖父マシューは、17世紀後半にロンドンにやってきてリネン商を営み、軍需局に物資を供給して財をなした。2.また曾祖父は、市議会議員を務めていたこと、関税局委員の地位を求める請願を出したことなどから、「一介の商人」ではなく、軍需局と密接な関係を持つ「御用商人」であった。3.祖父エドワードは、マシューの死後、家業を継いだが、1710年頃からランパートやホアといった数人の商人とともにスペイン継承戦争に伴って累増する戦地への戦費送金業務に携わったが、この戦費送金業務によって、祖父は大きな利得と人脈を得るとともに、立替送金の担保(錫、南海会社株式など)を通じて社会的地位を手にした。4.祖父は、こうして政府の債権人となり、財産と社会的地位を獲得したので、「御用商人」というより「政商」と呼ぶにふさわしい。5.こうして形成された資産と人脈がジェントルマン歴史家たるギボンの誕生を可能にしたばかりか、商業の役割にたいして高い評価を下し、ヨーロッパ近代文明社会の将来にたいして楽観的な歴史家ギボンの思想形成に少なからぬ影響を及ぼした。
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