「金持ち」がブルジュワと置換可能なことから、ブルジュワの分布が問題となる。しかし、ブルジュワの語は文字の独占者である聖職者によって嫌われた語であったため、言及の機会が限定されていた。従って、11、12世紀の西ヨーロッパにおける彼らの遍在を彼らの居住地であるブールの出現状況から、ベルギーはアラス、フランスはパリとアンジエ、イタリアはシエ-ナとクレモ-ナ、イベリア半島はバルセロ-ナを例に検証し、何れの都市も複数の商工業中心であるブールの出現によってその都市空間を拡大していった事実が明らかとなった。後半では、「金持ちのブール」を意味する地名Richebourgを取り上げ、それらが北部フランスの農村に広範に存在していた事実を明らかにし、都市におけるブールの活況-金持ちブルジュワの隆盛-からヒントを得て、領主が農民を新しい開墾地に呼び寄せるためにこの地名を考え付いたとの仮説を提起した。と同時に、12世紀前半で地名リシュブールの表記がラテン語のDives Burgusからフランス語のRichebourgへ移行することから、新約聖書において呪われた言葉として使用されているDivesの放棄、新生の絡印を押されていない語としてのRicheの獲得によって、金持ちの存在が公認されるに至ったと推論する。 これらの研究成果は3月発行の『産業経済研究(久留米大学)』38の3に掲載される予定である。
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