研究概要 |
平成7年度においては、ローマ属州ナルボネンシス(現フランス南部)の代表的都市であるナルボ(現ナルボンヌ)とネマウスス(現ニ-ム)のアウグスターレース(アウグストゥス礼拝者団)を比較検討することによって、彼らの都市におけるあり方を考察した。(拙著「ローマ帝政期ナルボネンシスの都市とアウグスターレース-ナルボとネマウススを中心に-」『史学論叢』第26号1995年1-14頁)。この考察によって、アウグスターレースのあり方は属州全体において画一的ではなく、各都市によって異なっている事実がありうることが明らかになった。とりわけ都市上層部である参事会員(デクリオネース)と一般市民との関係が異なることによってアウグスターレースのあり方も多様であることが示された。またその際、ネマウススのアウグスターレース関係碑文の発見場所を確定していくなかで、碑文がネマウススの都市中心部だけではなく、都市領域内村落においても一定数散見された。これはアウグスターレースが都市部ばかりではなく周辺農村部出身のものも多くいたことを意味している。この現象は他都市にはみられないネマウスス特有なものであった。おそらくこれはネマウススの歴史的背景と密接に係わっていると思われる(YAMAMOTO Haruki, Les inscriptions relatives aux sevirs sugustaux, decouvertes dans la campagne de Nimes, dans "Memoirs of Beppu University" XXXVII 1996 p. 29-37)。 ガリア・ナルボネンシスの都市におけるアウグスターレースについて、その関係碑文の検討は一応の成果をみた(前掲拙稿参照)。しかしナルボネンシスのアウグスターレース関係碑文を検討していくなかで、隣接の属州ルグドゥネンシスのそれも合わせて考察しなければならない必要性が出てきた。というのもネマウススは内陸部から地中海に注ぐロ-ヌ河を介して、ルグドゥヌム(現リヨン)と密接に係わっているからである。今後この都市のアウグスターレースのあり方が問われねばならない。
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