本年度の研究においては、主としてスコットランドの家族・結婚・社会制度の研究を進め、イングランドや低地地方との関係の中で、特にクラン社会における家族とその変容を歴史的に分析した。スコットランド低地地方では、平均的結婚年齢は20代半ばで核家族がほとんどを占めたのに対し、高地地方では結婚形態は南欧・東欧型に近似し、出生率が高く親家族結合も強く、クラン相互の結婚は政治的同盟を意味し親族・家族が決定した。17世紀までは高地地方内部の族内婚の傾向が強かったが、18世紀には穀物と黒牛などの交換による経済交流も進み、高地地方以外との結婚比率が増加した。高地地方のクランは基本的には血縁関係に基づき、忠誠と恩恵・パタ-ナリズムによって結合するものであったが、急速な工業化と商業化の波は、クラン社会も変質させ、中間的なタックスマンを介さない直接的な地主・借地人関係が出現し、伝統的支配にかわって経済的契約関係に基礎をおくものになる。タックスマンの排除は、18世紀前半のキャンベル氏族のア-ガイル諸公によって最も劇的に行なわれ、これらの改革は事実上クラン制度を崩壊させた。ジャコバイト反乱の後、クラン制度が攻撃され、軍隊解散も強制されるが、伝統的なハイランド社会を解体させる社会的経済的変化はそれ以前から生じていた。18世紀以降、低地地方のエジンバラを中心とする都市化と高地地方からの人口移動も進行し、スコットランド全体を英国に統合させる各種の政策も実施された。本研究は、このような歴史的転換期におけるスコットランドの家族の変容を、結婚法の改革、不正規婚、駆け落ち婚、定住法、親子関係の変化と若年層の自立等との関係において分析するとともに、英蘇合邦前後における貴族・地主・専門職各層の社会的統合の実態についても、ウェールズ等との比較も交えて考察した。
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