研究概要 |
わが国の口頭的な語り物伝承の一つであるデロレン祭文は、近世の江戸にはじまり,19世紀に全国的に流行した。現在、山形県地方でかろうじて行なわれるデロレン祭文では、文字テクストの助けなしで語りの演唱を行なわれる。物語を口頭的に構成するその独自のしかたは、たとえば、中世に行なわれた口頭的な語り物(平家物語、その他)の演唱について考えるうえでも、貴重な手がかりを与えるものである。 本研究において、私は、山形県のデロレン祭文の録音・映像資料を収集・整理し、今後の研究のための資料を作成するとともに、デロレン祭文の歴史的な沿革を、19世紀の伝播の実態を中心に考察した。とくに、どのような出し物が語られ、祭文語りの巡業によって、どのような物語が全国的に流通したかを中心に考察した。 具体的には、山形県の祭文語りの巡業日記を調査し、その調査結果を、幕末から明治初年に出版された講釈番付などとつきあわせ、かつてのデロレン祭文の出し物(その全体的な傾向)を復元的に考察した。デロレン祭文が全国的に行なわれた19世紀は、日本近代の国民国家の形成期にあたる。したがって、デロレン祭文の伝播と、それによる語りの出し物の全国的な流通の実態について考察することは、オーラルな物語によって、日本近代のどのような国民的な心性が形成されたかを知るうえでも、貴重な手がかりを与えると思われる。
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